コラムColumn

うんこの匂いは消しても良い記憶は消さないすごいやつ
| 盛田 諒

2019.11.25エッセイ

「ムッうんこか!」。2歳児くんを高らかに抱きあげ、お尻に鼻を近づけフンフン匂いを嗅ぐ私はお尻探偵である。証拠を押さえたらおむつを替え、ブルーエアの空気清浄機をぶん回して事件解決だ。その名もニオイフィルターという黒いフィルターが平和を取り戻してくれる。色々あっても最後には「ちゃんちゃん」ときれいにまとめてくれるブルーエアはエラいものである。

空気といえば、いま住んでいる木造の古い借家にも独特の空気がある。姪っ子が来たときソファにダラッと寄りかかって「実家みたいで落ち着く〜」と言っていた。きみの家はオートロックつきの分譲マンションだろと思いはしたが実家のような空気というのはわかる。築ン十年、クモやムカデと同居している古びた家屋の匂いは床や柱にしみつき独特な空気をかもしている。2歳児くんの脳内ストレージにはこの匂いが「実家の匂い」として保存されるのだろう。盛田 諒

古びた家の匂いで思い出すのは子どものころ遊びに行っていたMくんの家だ。Mくんは大家族の次男で、年季の入った二階建ての家に住んでいた。マンション暮らしの一人っ子だった自分にとっては『千と千尋の神隠し』の湯屋的秘境であった。走ればダンダン! と大きく鳴る床、やまぶき色にやけたカーテン、ガレージで飼っていたでかい犬、いつもシュンシュン蒸気をあげていた圧力鍋、あれやこれや匂いが混然一体となり「Mくんの家の匂い」として記憶されている。

お盆に母親が来たときMくんの家の話をすると「あれはエネルギーの匂いね」と言っていた。母親ながらいい言葉だと思いつつ、振り返れば自分自身も子どもが生まれてから2年間に「エネルギーの匂い」を嗅いでいたのではないか。

子どもと一緒に近所の山に登ってシャツを全身ぐっしょりぬらした汗の匂い。子ども用のテーブルを拭きながらかいだ食べこぼしの匂い。「お父さんいい匂いするよ」と言いながら子どもがべたべた顔面に塗りつけてきたニベアの匂い。もう洗わないといけないのに子どもが「履くの!」と譲らなかった長靴の匂い。赤ちゃんのころ食べさせていたベタッとした離乳食の匂い。なぜかおっさんのような加齢臭がした新生児の頭皮の匂い。泊まりこんだ産院で初めて作ったミルクの甘ったるい匂い。新しい命が生まれたときの血の匂い。

日々の記憶は時間が空気清浄機のように消していっても、匂いの記憶はきっと無意識にしみついている。どこからかただよってきた匂いをよすがに子育てをしていたときの記憶がふとよみがえることもあるだろう。いつか街中で「うんこの匂いがする」とさめざめ泣いている男性を見かけたらそっとしておいていただきたい。それはいつかのお尻探偵である。

<使用モデル>
Classic 480i (ニオイフィルター)

編集者/ライター
盛田 諒

2歳児くんの保護者。海と山のある町に暮らしている編集者、ライター。アスキーの連載「男子育休に入る」「ほぼほぼ育児」を執筆。フェイスブックでおたより募集中。