コラムColumn
空気の読めないこどもが世界を変える ー後編ー
あらためて、ROCKETがはじまったきっかけを教えてください。
――いまから13年前、障害をもっていても高等教育をめざそうという「DO-IT」というプロジェクトがありました。アメリカのサンフランシスコではじまったプロジェクトなんですが、うち(東京大学)の中邑賢龍教授が障害の研究をしている中、リハビリなどで障害を「治す」のではなく、ICT技術で「できないことを代替する」という方法をとっていたんです。目の見えない人がスマートフォンを使って一人で移動ができるなど、テクノロジーで人を救うという研究をしていた。その中から「身体障害を持っている若者が進学に困っている」という話が出てきて、「それなら日本版DO-ITをやろうか」という話になったんです。
障害というと身体障害ですか?
――もともとは身体障害だったんですが、普通に制服を着るのがいやで学校に行けないとか、感覚過敏があって教室に入れないとか、学習障害(LD)があることで学校に行けないとかいう理由で高等教育に接続できなくなっているこどもたちがいます。まだ知的障害は含みませんが、あらゆる障害を持っているこどもたちが高等教育をめざすのをサポートするんですが、プロジェクトを進めていると、不登校のこどもたちのなかに、すごく面白いこどもがいたんですね。空気を読まずに学校で浮いているようなこどもです。
変わったこどもたちがつぶされて高等教育に行けず、ひきこもりになっている。そんな話が相談にあがってくるようになったんです。「そういう変わったこどもたちがつぶされない社会を作るには、変わった子のプロジェクトを立ち上げたほうがいいよね」という話になり、「日本財団が予算化するからやりましょう」ということになって、ROCKETが始まったのが2014年のことです。
なぜ日本財団が関わるようになったんですか?
――日本財団の中でも「面白い人たちがいないと社会は変わらないよね」という話があり、「それをやるならエジソンプロジェクトみたいなものをやりたいね」という話があがっていたんですよね。そこで組めそうなところがうちの研究室だったということで声をかけてもらって、共同主催の形ではじまったんです。
不登校が増えるのはいいことだ
ROCKETにはどんなこどもたちが集まっているんでしょう。
――3分の2くらいが部分不登校を含む不登校の子たちですね。学校に行ったり、行かなかったりで、学力もバラバラです。すごく成績がいい子もいれば、学校の勉強はからっきしダメという子もいますが、みんな何かしらの志をもっています。「自分のやりたいことを続けたい」という思いもあれば、「いまの状況を打破したい」という子もいる。メンタリティが不安定な子もいれば、安定していて突き抜けたいという子もいます。
不登校という共通点があるだけでバラバラなこどもが集まっていると。
――いまの学校教育の中だと、そういうこどもたちが一緒に交わらなくなっていますよね。学校教育の一斉授業はこの国に必要なシステムだとは思いますが、そのままこどもたちが成長すると、高校はセレクトされた同じような集団が育っていく仕組みになっていて、大学はもっとそうなっていく。そのまま社会に入っていくと、似たような価値観や状況になる集団が国を動かしていく流れになっちゃうんですよね。
本当は多様な人たちがいるからこそ、「この人にはこの部分では勝てない」ということが出てくるはずなのに。それこそ直感で魚の裁き方の本を持ってくるこどもがいるように。そういうまったく異なるベースをもつこどもたちが集まるというところがROCKETの特徴ですね。
いまの教育システムではどうしてもこぼれおちてしまうところがある。
――とても効率がよく、よくできたシステムだと思います。でも、そこに入れない子がいることを考えると、学校のシステムとしてはいいかもしれないけれど、社会全体のシステムとしては足りていないという議論があってしかるべきではないかと。
2016年に改正障害者差別解消法、教育機会確保法が成立・施行され、少しずつですが教育システムも変わろうとしていますね。
――私たちも国と協議をしながら進めているところがあります。「いまどういうものが必要ですかね」ということを文科省の方が聞きにこられたりして、必要なものを出していくという役割を担っていて。差別解消法ならDO-ITが近いですね。テクノロジーによる代替があれば学校に戻れるというこどもたちが合理的な配慮を求めながら学校に戻っていく。教育機会の確保はROCKETを後押しする形です。
ROCKETを始めたときから不登校の割合が右肩上がりで増えているんですが、それはいい流れだと思うんですよね。学校がすべてではなくて、自分たちで学びを作っていけるという意思を示せるこどもたちが増えてきたということでもあると思うので。
不登校が増えることが「いい流れ」というのは新鮮ですね。
――フリースクールだったり、私たちのようなオルタナティブ教育をやっているものがこどもたちを支える仕組みが国からも認められると、(学校に)合わなかったときに外に出ていくことができる。外に出ていくことが悪いことであるとか、社会的な敗者であるという烙印を捺されることではなく、むしろ「積極的に自分でそういう学びを選びとる」というポジティブなものにならない限りは、やっぱり学び方が時代にあわせてアップデートしていくことは起きないと思うんです。その意味で教育機会確保法はすごく意味があったと思うし、新型コロナウイルスの影響で、在宅学習でのオンライン化が加速していく中でも必要になってくると思います。
空気を読めなくてもいい社会を
ROCKETでは親御さんたちとも連携をとっているんでしょうか。
――基本的にROCKETはこどもの場所なのですが、こどもが調子をくずしたときにはお母さんにどんな状況かを聞けるような信用関係は築いています。そうすると、「実は家で暴れているんです」というときにも連携プレイができる。お母さんを支えることでこどもを支えるんです。あとはお母さんたちの考えをゆるませるというセミナーもやっています。
考えをゆるませるというと。
――結局、社会のなかでこどもが不適応を起こすとお母さんたちが自分を責めてしまうんです。でも、それはお母さんが悪いわけではなく、社会のしくみとして環境が整っていないだけなので自分を責めないでくださいと。ROCKETでやっていることはゴール設定がさまざまです。特にトップランナーの話を聞いてもらう機会をつくると、学校のなかでゴールとされているものとはえらくズレていることがわかる。
でもそのズレたところにこそ自分のこどものゴールがあるかもしれない。親がゴールに向かう芽を摘むことがないよう、「こうしないと社会で生きていけないよ」ということを言わないようにしてもらう。お母さんたちのマインドセットを変え、ゴール設定を変えていくことをやっているんですね。
もっとズレたゴールをもった学びがあっていいんだと。
――逆に、そういう学びが本来の学びなんじゃないかと。知的反射神経を鍛える学びはいわゆる受験勉強には必要かもしれないけど、自分の人生を生きていく中で使う割合は少ないと思うんです。生きた学びをいかにこどもにあわせて提供していけるかを支えていくのがこれからの公教育になると思う。ROCKETは変わったこどもの教育をやっているように見えるけど、本当はすべてのこどもにとって必要な学びをやっているんじゃないかって。
ROCKETを卒業したこどもはどんな社会人になっているんでしょう。
――ずっと爆破映像ばっかり撮り続けていた子がいたんです。「自然の風景も撮ったら?」と言ったこともあったんですが、まったく耳を貸さず爆破映像を作り続けていたんです。彼はいま20歳になりますが、18歳のとき「そろそろ家を出てくれ」と親から言われて、東京のシェアハウスを見学しにきたんです。
そのときたまたま入居していた電通のクリエイティブディレクターの方と出会って、爆破映像を見せたら「ぼくたちでもこれは作れないよ」という話になり、GUのプロモーション映像を作ることになった。その後もCMなどの仕事がちょこちょこ来るようになって。爆破映像を作り続けたおかげで、ひきこもりの状況で仕事がくるといううれしい働き方になっていますね。
空気を読まずに続けたことが強みになった。
――「空気を読めなくてもいい」という風潮を社会が追い風になって作ってくれると、こどもは空気を読まないようになるんですよ。こどもはもともと空気を読まないじゃないですか。空気を読むようになるのは「こうしないといけない」という観念にせばまっていくからです。観念がせばまるとクリエイティビティもせばまってしまうんです。クリエイティビティは人がやらないことを試した結果、偶発的に生まれることも多いので。
そうではなく、人に迷惑をかけなければいいよと。迷惑の範囲も、「本当に迷惑ですか?」ということを大人が問うていく、大人の目がゆるんでいく流れは必要だろうと。「そんなことやっちゃいけないよ」ではなく「面白いじゃん、あなた!」という人が増えていけば、彼らはつぶされず、今までになかったものを生んでいく存在になっていけるんですよね。
ROCKETが率先して「空気を読まない社会」を作ってきた?
――どちらかというと「乱気流」ですよね(笑)。とはいえ、そんな中でも空気清浄機的な役割をしてくれる子もいるんです。バランスがよく、成績もよくて官僚になっていくかもしれない子。そういうこどもたちが社会のしくみを作るとき、「あの人は変わっているから」と排除をしないしくみを作る人たちも必要だと思うんです。全員が変わっていたらこの国は立ちゆかない。テンポよくいける人たちと、ランダムなリズムを出す人たちがあわさって新しい反応を生んでいくことが、これからの時代を面白くしていくと思うんです。
Text by 河合克三
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異才発掘プロジェクトROCKET : https://rocket.tokyo/ROCKET
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