コラムColumn

こどもと行きたい!きれいな空気が生んだ、ニュージーランドの世界一の星空

2021.04.21エッセイ

トラベルプロデューサーというお仕事をしている私だが、旅先ではいつも予想外のことで驚かされてばかりいる。5年前、世界一の星空を見てみたい、という衝動にかられ、当時運営をしていた旅のSNSで仲間を募ったところ、20名の仲間が集まり、星を見るためだけに南半球へ行くことを決めた。そこで世界屈指の星空を見上げたとき、思いがけず感じた空気の大切さをお伝えする。



堀 真菜実
新しい旅を作るトラベルプロデューサー。世界弾丸一周、廃校キャンプなど、手掛けるツアーは即日満席。はじめましてのメンバーで行く「シェアトリップ」の仕掛け人として、数千人の旅人と国内外を巡り、その経験をもとに、地方自治体や海外の観光局と、観光資源の発掘やツアー造成を行う。人と地域を繋ぐ場作り、メディア出演などでも活躍中。

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南半球のニュージーランドにある町、テカポ。
「世界一の星空」と言うと真っ先に挙がる地名だ。
ミルキーブルーのテカポ湖に面した人口300人の小さな町で、レストランが数軒にスーパーマーケットが1軒。
世界中の旅人が目指すスポットにも関わらず、徒歩で周れてしまうほどこぢんまりとしていて、観光地によくある呼び込みなどには出会わない、落ち着いた町だ。



丘の上から見たテカポ湖と町。星空だけでなく、ブルーが映える昼間の湖も観光客の楽しみだ

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テカポから見る、世界一の星空。そのわけは?



湖のほとりにある小さな教会「善き羊飼いの教会」と星空

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教会のバックに広がる、この満天の星空の写真を目にしたことがある人は少なくないだろう。シンボリックな教会の存在は、間違いなくテカポの星空を有名にした理由の一つだ。しかしもちろん、それだけではない。

そもそも、星が美しく見えるのはどういう場所なのだろう。意外にも条件はシンプルで、たった2つだけ。

1つめは、空気が澄んでいること。
テカポの気候は一年中乾燥しており、実は、これは星空鑑賞向きだ。日本でも夏より冬に星がよく見えるのと同じ原理で、乾燥しているときの方が大気中の水蒸気が少なく、視界を遮るものがないおかげで、空気の透明度が高い。

さらに、ニュージーランド自体が世界でもっとも空気のきれいな国ということもある。2018年にWHOが発表した都市部のPM2.5年間平均濃度ランキングによると、ニュージーランドは194か国中、もっともPM2.5の濃度がもっとも少ない国として発表されている。大気汚染が少なく乾燥しているテカポは、世界的に見ても空気が澄んだスポットなのだ。

2つめは、夜空が暗いこと。
人工の光が明るい都心より、光の少ない自然の中の方が、星が見えることは、誰しも経験があるだろう。では、人が生活し、観光客が絶えないテカポはどうなのか。実はテカポでは、住民たちが、もともと美しいその星空を守るために、さまざまな取り組みをしている。街灯の明かりを、夜空へ影響の少ないオレンジ色にしたり、夜は光が漏れないようカーテンをしっかりと閉ざしたり。言い換えれば、「暗い空を守る」ための努力を続けているのだ。町に必要以上の賑やかさを感じなかったことも頷ける。

つまりテカポは、きれいな空気に加え、環境を守る住民たちの努力によって、世界一の星空スポットとなったのだ。

郷に入れば郷に従えというが、地元の人からそんな話を聞くと、私たち観光客にも、暗さへの配慮が芽生えた。夜、例の教会ごしに星空を見ようとホテルを出ると、なるほど道中はかなり暗い。それでも懐中電灯を使うのは最低限にした。写真好きの旅仲間は、撮影中もフラッシュを使わなかった。

私はというと、早々に湖畔に寝転び、何時間もただ星を眺めた。テカポの夜空は、日ごろ見慣れたものとは違って、なんだか現実味がなかった。普段は見えない星が無数に見えすぎて、もはや、どれが星座なのか見分けがつかないほどだ。地面に寝そべるなんていつぶりだろう。いつの間にか星が移動し、肩の力もすっかり抜けている。大きく伸びをして、新鮮な夜の空気をたっぷり吸い込んだ。



テカポと同じくニュージーランドの南島に位置するワナカ湖

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母となり振り返る、初めての海外で教わったこと。

今でこそ仕事や趣味で世界中の僻地を訪ねているが、思い返すとニュージーランドは、こうやって旅にハマるずっと前に、初めて訪れた外国の国でもあった。中学校のプログラムとして参加した2週間のホームステイの行き先だったのだ。「どうしてアメリカやイギリスではなくて、ニュージーランドなんだろうね。すごく田舎らしいよ」。学校が選んだこの国のことをほとんど知らない当時の私は、友人とそんな会話をしていた。
自身の価値観を変える体験が待っているとも知らず。

家族もいない、初めての海外。たった一人で、現地の家庭にお世話になる。観光地のこと、時差のこと、日本とは季節が反対になること、すべてガイドブックで予習した。母が用意してくれた大量のお土産、それから日本食を振る舞うためのテリヤキソースを詰め込み、仲良くなる準備も万全だった。
初日、そんな準備も虚しく、家族全員に注目される自己紹介の途中で、簡単な文法が出てこなくなり、夜、少し泣いた。



一歩町を出ると、手つかずの大自然に出会える

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次の日からは、英語の間違いなんて少しも気にならなくなった。目の前で巻き起こるニュージーランドの日常は、日本しか知らない私にとって、あまりに非日常だった。

郊外に出かける車の後部座席からは、どこまでも続く草原を眺めた。ぽつぽつと見える白い点は羊。その向こうに切り立つ青い山。広大ってこういうことなんだ。
朝は各自が好きな時間に起きて、自分で棚からシリアルを選んで食べた。昼休みには、机ではなく、太陽の下、芝生にランチを広げた。お父さんはいつも明るいうちに仕事から戻ってきて、私たち子どもとプールに入った。みんなが、自分のペースで過ごしていた。ここでは時間がゆっくり流れている、と感じた。
ガイドブックに載ることはない、彼らの生活1つ1つが驚きだった。「私のあたりまえと、ここのあたりまえは、違う」この2週間が、そう教えてくれた。

これだから旅が好きだ。実際に行かなくてはわからないことだらけだ。それから20年経った今でも旅をし続けるのは、自分とそれを取り巻くものの小ささを、世界の別のところから再認識するためだったりする。



羊の数が、人の数より多いニュージーランド。目をこらすと山にも白い影が

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1児の母となったいま、思う。
わが子にも旅をさせたい。
「いつも」と違う世界を、その目で知ってほしい。

そしていつか、一緒にニュージーランドの大地に寝そべって星を見たい。
そのときは、大きく深呼吸をして、きれいな空気を身体いっぱいに感じる喜びを、家族で味わおう。

「どうしてニュージーランドなの?」と聞かれたときの答えは決めてある。

「美味しい空気に、ゆっくり流れる時間。
目に見えない贅沢は自分で行ってみないと味わえないんだよ」と。

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堀 真菜実

新しい旅を作るトラベルプロデューサー。世界弾丸一周、廃校キャンプなど、手掛けるツアーは即日満席。はじめましてのメンバーで行く「シェアトリップ」の仕掛け人として、数千人の旅人と国内外を巡り、その経験をもとに、地方自治体や海外の観光局と、観光資源の発掘やツアー造成を行う。人と地域を繋ぐ場作り、メディア出演などでも活躍中。